橘きょうだいは、誇り高き信州人らしく、平間元次郎に立ち会いの期日と場所を馬鹿正直に左封じ(果たし状)の書面で知らせてあった。
「こないなもンでよろしおまッか?」
「む、上出来じゃ」
伍助じいが見せたものは、卵の中身を取出し、紙で封をした物である。
博徒の使う目つぶしかと思われたが…
「さ、小太郎殿、由紀どの、我々も参ろう」
「はい、お師匠さま!」
「よ、よしなに、お願い致します…」
緊張のあまり血の気が全く失せた由紀と対照的に、満々たる闘志で瞳をきらめかせた弟、小太郎。
恐いもの知らずの年頃とはいえ、橘小太郎の度胸は特筆に値する。
遠くに見えていた目印の一本松が、その巨大さを感じさせる頃、夜明けの光がひとすじ、手前の草原に差していった。
およそ二十数名はいようかという敵方の陣容が鮮明に浮かび上がる。
「…あ、あれでは卑怯にござりませんか?…結城様」
「殺し合いに卑怯などござらんよ、由紀どの。
ま、大方は拙者に用のある仁に相違なかろうが」
巌(いわお/岩石)の如くドッシリ落ち着いた態度で答える兵庫ノ介。
その顔を見上げた由紀は、ほほを赤らめ、己が言葉に恥じ入っていた。
「たった四名で参るとは殊勝なり。
おまけに白装束(死者に着せる着物)とはお手前共の用意周到なる事よ、アッハッハ!!」
平間のあざけりに和す様に漏れた周囲の笑い声に、カッとなった伍助は持参の物を思わずひっ掴む。
「伍助!」 「…へェ」
「助っ人のお出ましは、まだじゃ…」
結城兵庫ノ介にたしなめられ、伍助は卵から手を離した。
「橘良軒が一子、小太郎、及び由紀。 父の仇、平間元次郎!神妙に討たれませいっ!」
「かように云われ、討たれる阿呆がおるものか。
返り討ちも法じゃ」
平間はそううそぶき、サッと片手で合図した。
次回、最終話