赤いTシャツに
白いジャケット姿の青年は、
窓際にあった椅子を
引いてきて
花鼓の傍らに腰を下ろした。
さっきまで
来実子が座っていた席だ。
「私、覚えてないの。
あの日、何があったのか。」
青年は
花鼓のすぐそばで、
息を殺して
続きを待っていた。
「私が何をしたのか。」
息を吸い込むと
甘い香りが口の中まで
立ち込める。
「どうして、したのか。」
「動機が
思い出せない、か。」
途端、明広は
大げさに腕を組み
にやにやしながら言った。
「そいつはまずったな。」
言葉とは裏腹に、
危機感の欠片も
見えない顔。
明広の
あまりにあっけらかん
とした反応に、
花鼓はしばし、
その真意をとりあぐねた。
橙色の夕焼けが
2人の横顔を
優しく照らしていた。
「また繰り返すかも、
ってことだろ。」
「う、うん。」
少女は
うなずきながら、
自分の言葉に
怯えていた。
「花鼓、
今、死にたいか。」
少女は、
青年が音にした言葉を
消滅せんとばかりに
激しく首をふった。
その様子は、
これ以上話すことを
拒んでいるようでも
あった。
明広が
花鼓の右手をつかんだ。
「なら大丈夫だ。」
温かく、
大きい手だった。
「花鼓が
生きててくれた。
俺のことを
覚えててくれた。
俺は
それが何より嬉しい。」
明広の手に
力がこもった。
「過去に
何があったとしても、
今ここに居る花鼓が、
花鼓だ。」
目の奥が
熱くなっていたところで
青年はとどめを刺した。
「あ、洒落と違うからな。」
花鼓は
明広の手を握って、
涙目で笑った。
と、そのとき、
病室の扉を
ノックする音がした。