「まあそんなこったろうと思ったがの」と老人は独り言のように呟いた。「こやつは一体何者なんじゃろう?」
「さあ…わかりません」
「聞いてみるしかあるまいな」と老人は言って、また"奴"に滑らかな英語で話しかけ始めた。
老人はいくつかの質問を"奴"にして、それをおれにもちゃんと通訳してくれた。名前や年齢、どこから来たのか、なぜ此処に来たのか、等々を"奴"から聞いておれにも教えてくれた。
"奴"の歳は二十歳だった。くしくもおれと同い年だったのだ。そのおかげだろうか。自然に"奴"とおれは親しくなっていった。
生まれは米国でミシシッピ州というところから来たらしいのだが、おれにはそれがどこなのかまったくもってわからなかった。老人はおれとは違いそれがどこなのか、わかっている様子だった。
なぜ日本に来たのかという質問に"奴"は友人と一緒に来た、と言った。"奴"自身は特に目的はなかったらしいのだが、その友人には何か目的があったようだとも言った。そして二日前に友人は突然どこかにいなくなってしまい、"奴"は生まれて初めて来た言葉の通じない異国の地でいわば迷子になったのだ。友人を捜そうにもあては無く、もちろん言葉も通じない。でも二人で食べる為に買っておいた数枚のパンとクッキーがあったから助かったよ、と"奴"は言ったのだ。それを聴いた時おれは"奴"に深く同情した。老人もいかにも同情するような表情でそれをおれに通訳してくれたのだった。
そして"奴"の名前。"奴"の名前はロバート・ジョンソン。まあ名前に関しては特に何も感じなかった。