疲れた体に鞭を打って
家路を急ぐ。
一日中歩き回った足は,まるで鉄の様に重い。
何でこんなに頑張らなければいけないのか…。
自分なりに頑張って,今住めるのがアノ程度のアパート。
『コーポ garden』
名ばかりお洒落だが,家賃6万5千円,築28年の古めかしいモルタル構造。
それでも,俺にとっては
ココが唯一安らげる場所だ。
薔薇の蔦が絡んだアーチを潜り,我が家へと続く短い石畳の道を歩く。
1階の一番奥が俺の部屋だ。
103 白田
部屋番の横に,下手くそな字で名字を綴ったあの日から早3年。
一人暮らしは快適でもあり孤独との戦いでもある。
都内の小さな広告代理店の営業マンとして,業績を上げるべく毎日歩き回る。
結果の伴わない時は,朝から晩まで,休日関係無くただひたすらに歩き回る。
だから,ここ1年
彼女を作るヒマも無く,孤独な日々を過ごしている。
[彼女を作るヒマが無い]
こう言うと強がりにも聞こえるが…。
本当に暇がないのだ。
いや…
もう諦めていた。
日々の楽しみは,DVDを見ながらのビール。
自分でも寂しい男だと分っている。
同僚や友達に誘われる合コンも,最近ではパスしている。
興味が無い訳ではないが,今はそんな事をする余裕が俺にはない。
そして,彼女を作らないのにも合コンに行かないのにも,もっと違う理由がある。
引き摺っている…
一年前の恋を。
いつだって,恋を引き摺るのは男の方で,女は別れたらケロッとして次へ進む。
俺が夏香を引き摺ってる間に,夏香は次のステップへ進み続けて,この春結婚したと聞いた。
それでも…忘れられない。
未練たらしく,夏香との思い出を頭の上に浮べて,俺は月を見ながらベランダで煙草を吹した。
「たそがれてんな俺…」
あまりのかっこわるさに笑えてくる。
ギィー ギィー ドンバタン
騒がしい音に遮られ,思い出が弾けて消えた。
「上の人?何やってんだ?」
バタン ドンバタン
でも,この騒がしさのお陰で今日は思い出に浸って泣かずに済んだ。
もう寝よう。
煙草の火を消して,冷たいベットへ潜る。