「犬と猫」
それは決して仲の悪い事の例えでは無い。
6月。
世間では梅雨と呼ばれる季節だ。
薄暗い部屋の窓の外からは雨が地面にたたき付けられる音が聞こえてくる。
そして、俺の携帯からは着信を告げる音が流れている。
『佐々木』
携帯のディスプレイにはそう印されていた。
だが、今の俺はその電話に出る気力は残ってはいない。
それどころか、髪からは水滴が垂れており、服はびしょびしょに濡れている事にすら今ようやく分かった。
「何やってんだろ、俺……?」
何故自分が濡れているのかもよく分からない。
それは実に理解しがたい状況だと自分でも思うけど、今、実際によく分からないのだ。
自分が何をしていたのか…。
でも思い出せないのはしょうがない事だ。
いや、今俺は確かに思い出せないと分かった……というよりはそう感じた。
益々よく分からない。
プロローグ『濡れた記憶』