「あっ、はい。もうすぐ出発です。いろいろとありがとうございます」
勇一からの電話を済ませ、紀子の方に戻った嶋野は、勇一とのやりとりを説明した。
「お待たせ。これから夕樹さんと話すらしい」
「そう…会えるといいですよね。秀さんに…」
「ああ…出来れば俺も会いたかったけどね」
「もちろん私も」
「森田さん、1つ聞きたいんだけど」
「なに?」
「君と荒木さんは、声は聞いてるんだよね?荒木さんは顔を確認出来なかったらしいんだ。路上ライブの時。森田さんは病院では確認出来なかったの?」
紀子は首を横に振った。
「声だけなの…非番の時に来てたりとか、仮に仕事中にお見舞いに来てても、後ろ姿だけだったりとか…」
「そうか…でも、もし荒木さんや夕樹さんが、会えたとしたら、俺会いに行くことにしたよ」
「その時は、私も誘ってください。私も話したいこと、いっぱいあるし…」
「もちろん。それまでは、明日から仕事頑張ろう」
「はい」
しばらくの沈黙のあと、紀子は嶋野に質問をした。
「嶋野さん、この15年の間、心から好きになって、結婚を意識した人っています?」
「なんだい急に…
どうなんだろう…
でも、俺も荒木さん同様、恋愛には心を閉ざしてたのかも…由美のことがあって、俺自身何かを失うことが、怖かったのかな…」
「そうなんだ…でも由美さんの手紙を渡せたことで、これから閉ざしてた心も開けるんじゃないですか?」
「そうかなあ…」
「そうだと思います。だって、失うものは、これからもありますよ。それに……」
「それに?」
「由美さん自身、嶋野さんが幸せになること望んでいると思いますよ」
「由美が?」
「ええ。多分、荒木さんに対してもそうだったと思いますよ。だって…奥村さんが、2年の空白を望んだのは、夕樹さんに自分のことを早く忘れて幸せになって欲しいって言ってたからなんです」
「そうか…」
「でも、私もこの2年、奥村さんのことがあって、幸せはつかんでないですけどね(笑)」
「そうか。なら、荒木さんと夕樹さんが、秀さんに会って、新しい道が開けたら、その時は自分の幸せを考えるよ。森田さんも一緒に考えようか?」
「はい」
嶋野の言葉は、何気ないことだったが、紀子の心には響いていた。