扉が開き、
カーテンごしに
長い髪の女性の影が
見えた。
「お母さん。」
花鼓は
呼び掛けたが、
返事はない。
「こんにちは。」
若い女性の声がして、
カーテン裏から
影が本体を現した。
長い黒髪の少女。
モノクロの花柄の
ワンピースが
細い体を更に細く見せる。
「こ、こんにちは。」
どもる花鼓に
少女は
いきなり飛びついた。
「花鼓、花鼓だよね。
もう会えないかと思った。」
ぎゅっと
強く抱きしめられた。
肩の上で
すすり泣く音さえする。
誰だっけ。
静止した頭で
明広を見る。
いきなりのことに
明広も目を大きく
見開いていたが、
やがて我に返り、
「ああ、今日は長く
邪魔しちゃって
ごめんな。」
とゆっくり席を立った。
花鼓が目で発する
救援信号は
笑顔で軽くいなし、
「それ、
忘れず活けてな。」
花鼓の膝の上の
バラの花束を指して、
そのまま
「じゃあ、
また来るからな。」
と扉の向こうへ消えた。
花鼓の視線だけが
虚しく後を追って、
扉の前で途切れた。
エールなら、
もう十分過ぎるぐらい
貰ったじゃない。
後は
自分で解決しなきゃ。
自分に言い聞かせ、
花鼓は
黒髪の少女の形をした
自分の過去と
向き合った。
「ごめんなさい。
私、事故で記憶が
少しとんでしまって。
名前、何だったっけ。」
望んで
忘れたのではない。
望んで
貴女を悲しませる
のではない。
心の中で
肩の上の少女に
言い訳をしながら、
次の衝撃に備えた。
少女が顔を上げ、
花鼓を見た。
その目は、
背筋が凍るほど
冷たかった。