憂牙がそうつぶやく。
「今回はその“ウイルスデータ”がないと、ちょっと無理そうだったからね。しかし、マイクロチップといい、その鍵といい、二ついっぺんに“親元”に帰ってくると、なんだか変な気分ね」
「‥返すか?」
「要らないわよ!鍵は元々私の物じゃないし。データは、あなたに“盗まれた”ものだし」
「盗まれたものね…」
「しかし、便利でしょ。鍵の中にデータ入りのチップが入っているなんて、誰も思わないでしょうね‥っていうか、怖!そんなもん持っていたら、命がいくつ有っても足りないわ!‥あなた、本当に大丈夫なの?『エデン』なんて物騒な奴に追われて?」
憂牙は鍵のペンダントを首にかけ、シャツの中にしまった。
「ああ。一人ならな‥今は、アイツが居る。今回の奴は、情報が無い状態で動くのは危険だ…クロムを守りきれない」
「‥随分、過保護なのね。あなたがエリミヤで盗んだ物は、その鍵なの?‥それとも彼自身?」
少しの間が流れ、憂牙は喋りだす。
「…両方だ。“天の国の鍵”はクロムの指紋が無いと使えない。そこらへんの事情はよく知っているだろう?」
「・・・そうね」
「クロムは、ただのコレクションの一つだ。泥棒が盗んだ宝を守る‥それだけの事だ」
「“守る”って、あなた泥棒でしょ!相手は国の殺し屋なのよ!?」
「‥所詮、マニュアルで出来た造り物だ」
扉の向こうから、ため息が聞こえる。
「…あなたが一番の謎だわ‥。何だか頭が痛くなってきた‥そろそろ寝るわ。あっ!次飲み物を持って来る時は、“ブラッドオレンジジュース”にしてね」
「・・・?」
「珈琲は嫌いなの」
「毎度有難うよ!クロム!」
威勢のいい男の声が、店の中に響き渡る。
ここは決して奇麗とはいえない、街の小さな食材雑貨のお店。
店内は所狭しと商品が並べられていて、人が4・5人ぐらい入れば満員になってしまう狭さ。天井にある2本の蛍光灯の一つは、チカチカと音を立てていた。
つづく