最期の恋(6)

MICORO  2009-07-07投稿
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「彼と結婚して、すごく幸せだったわ。そして私が三十五歳の時にようやく妊娠。診察を受けて『おめでたですよ』って言われた時は、本当に嬉しくて…。思わずドクターの手を握って、『ありがとう、先生!』なんて口走って、変な顔されちゃった。おかしいでしょう。
三十五歳で初産っていうことで、念のために全身の健康診断を受けた。それで、乳癌が発見された…。
他人の健康管理は煩く言う癖に、自己管理はなってなかったっていう、笑い話にもならない話よね。
癌は予想以上に大きくなってて、治療のために赤ちゃんは諦めなさいって言われた。私は自分の命と引き換えても構わないから、どうしても産みたいって頑張った。だって私が、人並みのお母さんになれる最後のチャンスだってわかってたから。それに、人の命を預かる看護師が、せっかく宿った命を奪えるはずがないもの…。
でも、結局は主人に説得された。子供は、お前が元気になれば、また作ればいい。だけど、お前を失ったら、俺はどうやって生きていくんだって泣かれちゃった。
こうして私は、自分の命を守る為に、赤ちゃんを殺したの…」
コウは、何も言わない。ただ私の顔をじっと見つめている。高校生には重過ぎる話を、懸命に咀嚼しようとしているのだろう。
私は話を続けた。
「堕胎手術を受けて、乳癌の治療にかかった。初期の癌なら乳房温存する手術も可能なんだけど私の場合は手遅れだった。ドクターから乳房全摘だと宣告されて、目の前が真っ暗になったわ。
それまでは、自分の受け持ち患者に対して、乳房を無くしても女じゃなくなる訳じゃないって慰めていた私が、取り乱して泣き叫んだの。『おっぱい切り取って、女を捨てるくらいなら死んでしまいたい』って。情けないでしょう。
取り乱す私に、主人はまた泣いて頼んだ。私は主人の涙を信じて、手術に同意した。
手術は成功した。そして、私の左のおっぱいは、きれいさっぱりと消え去った。左の胸に残ったのは、ムカデのような醜い傷痕と、取り忘れたみたいにチョコンと付いている乳首だけ。鏡を見て、何日も涙が止まらなかった。
やっぱり、死のう。
そう思って、何度病棟の屋上に昇ったかわからない。でも死ねなかった。まだ主人の事を愛していたし、信じてた」



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