「それに夏川主任がね、夜勤の時以外は、一晩中廊下で見張ってたの。私がバカなことをしないように。
夏川主任の真っ赤に腫れ上がった目を見て、私は彼女に約束した。もう絶対にバカな事は考えないから、家に帰って眠って、って。
それからは何だか吹っ切れた。術後の経過も問題なくて、三ヶ月で退院。一番辛い時期は乗り越えたんだから、今度こそ幸せになろうと思ってた。
退院してから何日か経って、私の気分も落ち着いてきた頃に、主人が求めてきた。私は目を固く閉じて、祈るような気持ちでパジャマを脱いだ。
でも、彼は私を抱けなかった。
高校生の君にはわからないかも知れないね。愛している男性から抱いて貰えない女が、どれほど悲しくて、寂しくて、惨めだか…。やっぱり、手術なんてしなければよかったって思った。おっぱいさえ残っていたら、たとえ死ぬまでの短い間でも、彼に抱いて貰えたのにって。
結局、主人とは別れた。彼を嫌いになったわけじゃないし、怨んでなんかいない。正直言うとね、離婚届けを出すときだって、まだすごく愛してた。でも、だからこそ、彼を私に縛り付けておくのが、かわいそうでならなかったの。おっぱいもない、子供も産んであげられない私なんかと一緒にいて、彼が幸せになれるはずないもの…。
離婚してからはなにもかもが面倒になって、買物にも出ないで、家に篭ってた。そしたら涼子…、夏川主任がね、食料をごっそり買い込んで訪ねて来てくれたの。二人でお鍋を食べながら、病院に戻って来てくれって、頼むのよ。お鍋の湯気と涙で、化粧がぐちゃぐちゃになるくらい泣きながら、『これからはあたしのために頑張って下さい』ってね。『何で私が、涼子のために頑張らなきゃいけないのよ』なんて憎まれ口を叩いたけど、うれしかったなぁ…。子供を殺して、夫み去られても、まだ私を必要としてくれる人がいるって思うと、涙が零れて仕方がなかった。
それからは、ずっとナース一筋。多分、これからもずっとね」
私の長い話を、一言も口を挟まずに聞いていたコウが、待ち兼ねたように口を開いた。
「僕だったら…、吉村さんを離さなかったな。おっぱいがあった時と同じように愛せたと思う」