だいぶ時間が経ったと思っていたのに、まだ辺りは薄暗かった。しかし朝が近づいているのだろう。空は濃い群青色に澄み渡り、星は優しい光をわずかに放っている。美香は心配そうに顔を覗き込んでいる王子に気づき、固まった表情をほぐすようにぎこちなく笑った。
「……王子。」
「よかった、気がついた。いきなり倒れたからびっくりしたよ。大丈夫?」
「ええ。ちょっと疲れただけ……。」
そう言って起き上がりかけた美香の肩を王子はやんわりと押し戻した。
「ダメだよ、寝てなきゃ。もう少し休んでてくれれば、その間に食べ物でも探してくるから。」
砂漠に食べ物…?美香が不思議そうな顔をしたので、王子は美香の額の冷たく湿った布を示した。
「美香ちゃんが寝ている間に、あの焚き火の場所から少し移動したんだ。ここはオアシスだよ。すぐ側に綺麗な泉が湧いてる。水があるってことは、どこかに食べものがあるかもしれないだろ?」
だから、ちょっと行ってくるから待っててね。そう言って笑った王子の笑顔が、不意に気になった。立ち上がりかけた王子の手を、美香は反射的につかんでいた。
「?」
「……っ。」
なぜ。その一言が浮かんで消えた。なぜそんな優しい顔をしているのだろう。疲れているはずなのに。恐ろしい目に遭ったのに。
人を、殺したのに――。
「……ごめんね。」
「え?」
「私がリリィの本性にもう少し早く気づいていれば、こんなことには……あなたが……穏やかなあなたが、ひ、人を、殺すような事態になんか――。」
声が震えた。視界が急速に歪んでいき、やがて一粒の悲しみを落とした。いや、きっと怒りもこもっている。誰よりもまず、自分に対して……。
王子は何も言わなかった。何も言わずに、声を押し殺して泣く美香の頭を抱き締めた。
「ごめんね。怖かったねぇ。つらかったねぇ……。」
そう言って穏やかに美香の背中を撫でた。美香にはわけがわからなかった。わけがわからないのに、胸が熱くなって、溢れ出す涙を止めることができなかった。
「うっ…うう…ひっく…!」
美香は起こったすべてのことを洗い流そうとするかのように泣き続けた。これじゃ逆だ、それですっきりするなら、王子に泣いて欲しかったのに……。頭のどこかで思いながらも、ぐっしょりと濡れた王子の濃い青地の上着に、しばらくじっと顔を押し付けたまま動けなかった。