「あっ!それ、私のアイスコーヒー…」
もちろんアイスコーヒーなんてどうでもいいのだけれど、コウのリアクションが楽しみで、私はわざと悲しい顔をする。
「ああっ!ごめんなさい!走って来たから、すごく喉が渇いてて…。あの、ボク 新しいの買って来ます」
立ち上がろうとするコウの手を引いて、私は止めた。
「もういいわ、コウ。私はそのアイスコーヒーが良かったの。新しいのはいらない」
調子に乗って、私は拗ねて見せる。
「エエッ、そんなぁ…。困ったなぁ。どうしよう…」
もちろんコウにだって、冗談だとはわかっているはずだけど、本当に困った顔をして、私の顔を覗き込む。
「じゃあ、ここでキスしてよ。コーヒーのお詫びに」
私はさらにコウを虐める。もっともっと、コウを困らせてみたい。
コウと同年代の学生で賑わうマクドナルドで、母親のような私にキスをせがまれて、どう言い逃れするのか興味津々だ。
でも次の瞬間、コウの取った行動は、全く私の予想外だった。
覗き込んでいたコウの顔がスッと近付く。私の項に腕を回して、そのまま唇を重ねた。
私は驚いて、咄嗟に逃れようとするが、項に回した腕の力を緩めようとはしない。
コウに唇を奪われながら、周囲に視線を巡らせる。
皆がこちらを見ていた…。
「すっげえ!」
と、隣の男子高校生。
「何、あれ!こんなところで、キスしてる」
「ホント!やだぁ、見てみて!あれって自分のお母さんじゃないの?」
と、向かいの女子大生風の二人。
顔から火が出そう…。
『衆人環視』
どんな思考回路なのかわからないが、頭にそんな四字熟語が浮かぶ。
永遠とも思えるような時間が過ぎて、ようやくコウは唇を離した。
「ごちそうさまでした」
とお道化るコウ。私は絶句したまま。
「一度でいいからさぁ、マックでキスしてみたかったんだ。だから今日はラッキー」
私は呆れ返って、コウの耳を引き寄せて言う。
「あのねぇ、コウは恥ずかしくないの?高校生同士ならともかく、私みたいなおばさんと、人前で…」
するとコウは、不思議そうな顔で訊ねる。
「何で?好きな人とキスして、どうして恥ずかしいの?相手がいない方がらよっぽど恥ずかしいよ。それに…、さゆりさんがキスしてって…」
「もうっ!」