3-2 香
抄司郎は,
柳瀬屋の前で妙な男達とすれ違った。
だが今は,
椿の明かした過去の事でいっぱいで,
そんな事を気にしている余裕などない。
行く宛はないが,
足早に町を歩いた。
風にのって威勢の良い掛け声が聞こえる。
近くに道場でもあるのだろう。
抄司郎は目を閉じて,
まだ純粋に,剣に励んでいた頃の自分を懐かしんだ。
『抄司郎じゃないか!!』
1人の男が肩を叩いた。
『‥お前は。』
『嫌だな。忘れたのか。
平太だよ。よく一緒に遊んだじゃないか。』
この男,
近藤 平太と言う。
道場時代からの唯一の友人で,幼少の抄司郎とはかなり親しみがあった。
その平太と顔を合わせるのは,四年前,
武部に雇われて道場を去った日以来である。
『忘れるものか。
本当に久しぶりだなぁ,四年ぶりか。』
『そうだな。だが抄司郎,見ない間に随分目つきが悪くなったな。声かけようか迷ったぞ。』
平太も人斬りとしての抄司郎を知らない。
『そうかな,自分では分からないが‥。』
『そういうもんさ。
所で,もう聞いたか?道場の事。』
平太は急に声を縮めた。
『道場?』
悪い予感がした。
こう言う時,抄司郎の勘は嫌な程当たる。
『道場が潰れたらしい。どうも多額の金を要求されて,払えぬなら肩代わりに道場をと強いられたようだ。何の金だかは知らんが,急なことで俺も驚いたぜ。』
― 武部だな‥。
すぐに予測はついた。
武部の元から離れた今,いつか道場に手を出すと思ってはいたが,
まさかこんなにも早いとは抄司郎も想定外の事だった。
『それで‥師匠は?』
『ああ,道場追い出されて,川縁のぼろ長屋にいるそうだ。』
抄司郎は怒りに震えた。
≠≠続く≠≠