私のそんな思いを察して、コウはわざと帰りたくないと言ってくれたのかも知れない。
コウはいつだって、私の代わりに悪者になってくれるから。
めずらしく週末に休みがとれた。
時間に縛られず、ゆっくりと二人の愛を確かめ合ったあと、右側の乳房をイタズラしていたコウが、不思議そうな顔で言った。
「あれぇ、さゆりさん。おっぱいの外側が、なんだかコリコリしてるよ。妊娠しちゃったのかなぁ」
「バカねぇ!乳癌の治療の時に不妊症になっちゃったんだから、妊娠なんてしたくてもできないの。生理だってないんだから」
私は笑いながら答えた。
しかし内心は、全身が冷たくなるほどの恐怖に襲われていた。
再発……?
生きる事に何の執着もなく、抜け殻のように生きてきた十年間、全くそんな兆候などなかった。
定期的に受けている検診だって、前回は異常はなかったはずだ。
なのに、どうして今頃…。
コウが眠り込むのを待って、私はバスルームに行き、姿見の前で触診してみる。
間違いは、なかった。
十年前に左の乳房に感じたのと同じしこりが、右の乳房に感じられた。
全身の力が抜けて、その場に座り込んだ。
あまりにひど過ぎる。
やっと、コウという生きがいに巡り逢えたのに…。
やっと、人を愛する気持ちを取り戻すことができたのに…。
こんな事なら、どうして十年前に命を終わらせてくれなかったのか。
あの時なら。何の未練も躊躇いもなく、自分の運命を受け入れることができたのに…。
私は初めて、自分の運命を呪った。
週明け、私は十年前に手術を受けた大学病院の、主治医だったドクターを訪ねた。
検査のあと、難しい顔をして黙り込むドクターに、私は言った。
「私も医療に携わる人間です。どうかはっきりとおっしゃって下さい。取り乱したりはしませんから。
私、あとどのくらい、生きられるんですか」
言葉では強がりを言っているが、零れ落ちる涙までは抑えることはできなかった。
逡巡した揚げ句に、ドクターの口から出た言葉は冷酷だった。
乳房を全剔し、抗がん剤と放射線療法を併用して、うまく転移を食い止めることができれば、
『五年生存の可能性はある』
治療方針をくどくどと説明するドクターの言葉を聞きながら、私は心の中で、ひとつの決心を固めていた。