スタッフ達の拍手に送られて、玄関前からタクシーに乗り込む。
「コウ、ありがとうね。今日は学校を休んで、わざわざ迎えに来てくれて」
コウが前を向いたまま、それに答えた。
「学校はね、しばらく休学することにしたんだ」
私は驚いて、コウを自分の方に向かせて、問い詰める。
「いったい、どういうことなの?休学って…。コウは今年、受験でしょ?今頃、休学なんて…」
「今日からは、さゆりさんと一緒に生きて行くことにしたんだ。だから、家にも帰らない」
何と言うことだ。
これでは私が、コウの人生を狂わせてしまう。
これからの一年は、コウの将来が掛かるいちばん大切な時期なのに…。
「コウ!あなた、いったい何を考えてるの?そんなこと、私が許さない。今、コウと同棲するつもりなんて無いの」
私は怒鳴りつけるように言う。
しかし、コウは穏やかな微笑みを崩さず、黙って私の手を握った。
いつものコウじゃない!
「コウ……」
私は言葉を失った。
アパートに戻って、テーブルを挟んで向かい合うと、コウは自分から話しはじめた。
「さゆりさん、僕、全部知ってるんだよ。病気のこと。
この二週間、さゆりさんがどれくらい辛かったのか理解できるなんて言わない。でも、僕だって、気が変になりそうなくらい苦しんだんだ。
夏川主任から、さゆりさんの病気の再発を知らされてからしばらくは、学校にも行かずに、一日中ピアノを叩きながら泣きわめいてた。
どうして、さゆりさんばっかり辛い思いをするんだって、悔しくて仕方がなかった。
神様を怨んだ。
どうしてもさゆりさんを連れ去るのなら、いっそ僕がこの手で、さゆりさんの命を奪って、僕も後を追いかけようと思った。命がけで、神に…、運命に反逆してやるって。
そこまで思い詰めてた」
私は目を閉じて、コウの声に身を委ねる。
「でも一昨日、夏川主任がわざわざ家に訪ねて来てくれてね。僕の気持ちを黙って聞いてくれた。
夏川主任って、スゴイ人だよね。
僕が、さゆりさんと一緒に死んでしまいたいって言うと、あの人、何て答えたと思う?
『それもアリかもね。婦長も孝一君と一緒だったら淋しくないでしょう』だって。
あの人のことだから、絶対にひっぱたかれるって思ったんだけどね」