真っ暗な部屋に灯を灯す。
静寂の中でビールのプルタブを起こすとプシュッと豪快な音が響き渡る。
ネクタイを緩め,ソファーに腰を掛けると,どうしようもない寂しさが俺を襲う。
グビッとビールを一口,口に含むがあんなに大好きだった味が美味く感じない。
耐え兼ねてテレビをつけてみる。若手芸人が何やらやってるが笑う気分にはなれない。
夜はこんなにも静かだっただろうか…?
君が出て行ってから
分った事がある。
君がいたから俺は成立っていたんだ。
家の事なんて何も知らない。調味料の場所もクリーニング屋のシステムも買い物袋の重さもアイロンのかけかたさえ分らない。
今まで何をしていたのか?
それなのに,どうしてあんなに偉そうな事を言えたのか?
後の祭りだと君は笑うだろうか?
君が手の届く場所にいた時には忘れていたのに,明日の結婚記念日を俺は3日前から考えていた。
あの日,永遠を誓った俺らはこんな未来がある事を想像出来ただろうか?
俺が変ってしまったのか…君が変ってしまったのか…
考えても考えても,蓋の開けられたビールの炭酸の様にシュワシュワと音を立てて消えていく。
情けなくてスーツのズボンをギュッと握る。
もう誰もシワの付いたズボンにアイロンをかけてくれる人はいないというのに…。
俺はテーブルの上の緑で縁取られた紙を見る。君の名前の隣りだけ真っ白く光る。
震える手でペンを握るが,インクが落ちる前に俺はペンをテーブルへ置く。
明日にしよう。
そうだ…
明日にしよう。
俺はソファーに倒れる様に横になる。