2階、一般病棟215号室。
窓際のサイドテーブルの上で
今日一日の日光を
吸った赤いバラ。
その甘い香りが
部屋中に充ちていいた。
明広の言った通り、
あおあおとした葉の生命力と
深い花の香りは、
花鼓に元気をくれる。
花鼓は、日がな一日、
問いかけの意味すら
分からない問いの答えを
一人で探していたが、
今日は来ないに違いない
という、
自身も飽きれるほど
安易で楽観的な考えに
到達しただけだった。
ただ、
考えれば考える程、
平穏な日常を望む気持ちは
大きくなっていく。
一日も早く体を治して、
母と明広を安心させたい。
一度は手放そうとした
一番大切なものに
やっと気付いたのだから。
夕方9時時の消灯時間より半刻。
うつらうつらしていた花鼓は
大きな手に揺り起こされた。
目を開けると
目の前に
明広がいた。
「何し」
花鼓の口を
とっさに明広がふさぐ。
「ごめん、驚かせてごめん。」
近くでささやかれ、
花鼓はようやく
現状を把握した。
明広は、
職員の目を盗んで
こっそり入って来たのだ。
「どうしたの。」
口の上の手を優しくどけ、
そっとささやき返す。
「い、いや」
明広はしばし躊躇した。
思えば
ばかばかしい話だ。
でも、これも
花鼓を大事に
思えばこそのこと。
「いや、
バイトが終わって帰ったら、
家の前で
変な女に呼び止められたんだ。」
昨日の少女の
艶やかな黒髪が、
花鼓の脳裏に蘇る。
明広を
心配させない方が
いいことぐらい分かってる。
でも、花鼓は、
最後のチャンスを
貰った気がした。