「昨日の人。」
「いや、
そういえば
少し似てたかな。
親子かな。」
自分の突拍子もない考えに
笑った明広は、
花鼓の
ひどく深刻な表情に驚いた。
あの子と
何かあったのか。
慌てて話を続ける。
「そいつが、
早く花鼓のところへ
行けって言うんだ。」
早くしないと
彼女、遠くへ
行っちゃゃうわよ
後半の女の台詞は、
伏せておく。
自殺を図ったときのことを
覚えてないの、と言って
うつむいた花鼓の姿が
まだ瞼の裏に
残っていた。
「今日一日、
見舞いに来れなかっただろ。
そんなこと言われたら
急に心配になっちゃってさ。」
花鼓の頭は
混乱していた。
今日、
もし明広が見舞いに来たら
昨日のことを話そうと
思っていた。
心の奥で
一日中、待っていた。
電話やメールをするには
ばかばかしい話。
口で話して
そんな訳ないだろって
笑い飛ばしてくれるのを
期待していた。
でも、
私は何も言ってないのに、
私の知らない誰かが
明広に
何かが起こると教えた。
罠か、
善意か、
あるいは。
「一晩、一緒にいて。」
明広は
静かにうなずいた。
何も起こらなければ、
それでいい。
何かが起こっても、
二人なら
きっと切り抜けられる。
昨日のことは
話さなかった。
一緒にいるのに
理由なんて要らない。
笑い話は、
全てが終わった後に
とっておくんだ。
小さな不安に
蓋をして、
二人は眠りについた。
夜は
ゆっくりと更けていく。