3-3 香
師匠は早くに両親を亡くした抄司郎を,
我が子のように可愛がり厳しく師事した。
というのは,
師匠には子がいない。
嫁の結は病弱で,
子が産めなかったのだ。
だから,
この身よりの無くなった抄司郎を引き取り,大切に育てた。
いつの間にか,抄司郎も二人を実の親のように思うようになっていた。
抄司郎が道場を去ってから二ヶ後,結は死んだ。病の悪化が原因だ。
師匠は遂に
一人になった。
いや,
その時はまだ道場に門弟がいたから良い。
道場が無くなった今,
師匠は本当に,
ヒトリだ。
― 自分のせいだ。
抄司郎はとにかく,
自分を憎まずには居られなかった武部に逆らった自分が悪いのだ。
一人孤独に暮らす師匠を考えるだけで,
激しく胸が痛む。
『頼む,師匠を訪ねてやってくれねぇか。いつだかあの人言ってたんだ。唯一,悔やみきれないのは抄司郎,お前を手放した事だと。』
平太は思い詰めたような表情で言った。
『そうか‥。』
抄司郎は少し考えてから答えた。
『では訪ねてみよう。師匠の所へ。』
『ああ,きっとお前が来た事に涙して喜ぶぞ。』
平太は川縁の長屋への行き方を丁寧に抄司郎に教えた。
『平太,ありがとう。感謝する。また会おう。』
そう言うと抄司郎は向き直り,師匠の居る川縁の長屋へと急いだ。
平太は,
そんな抄司郎の背中を見送って微笑すると,
また来た道を引き返して行った。
≠≠続く≠≠