女はすぐに美香たちの後方にある泉に近づいて小袋に水を入れると、王子を追い払って美香の服をまくり、腹に直接ひんやりとした水袋を押し付けた。
「お前は?」
ぐるりと百八十度王子の方に振り返った拍子に、女のフードがパサリと落ちた。
黒髪に黒い目、それも漆を塗ったような濃い黒だった。顔立ちは東洋系で、大きな瞳に分厚い唇をしていたが、鼻は小さく、彫刻で彫ったような切れのある美しい顔立ちをしている。肌は浅黒く、よく日に焼けていて健康的だった。年はいくつかわからない。若々しい外見から、二十代後半くらいだろうか。
「お前はどこか痛い所はないか?顔色が悪いようだが。」
ぼうっと女の顔に見入っていた王子はハッとして首を振った。
「僕は別に…、」
「……?お前、魔法を受けたんじゃないか?」
目の前で手をひらひらと振られて、王子は怪訝そうに眉を寄せた。
「この手が見えるか?」
「見える。」
「指は何本に?」
「五本に決まって……いや、ちょっと待って……三本、だ。」
女は思わず、といった様子でくすりと笑った。
「指が三本とは、私は何の怪物だろうな?お前やっぱり魔法を受けたようだな。ちょっと待ってろよ……。」
そう言うと、またガサガサと袋を漁り始めて、一枚の鏡の破片のようなものを取り出した。切っ先が鋭く危険なため、布でくるんである。
「鏡をよく見ろ。自分の目をじっと見るんだ。」
王子は黙って言うことに従った。魔法の影響が残っているというのが、自分でも気持ち悪かったのだろう。美香は水袋を腹にあてがったまま、何が起こるのだろうと気になって王子の側へ這っていったが、突然彼はがくりと地面にくず折れた。
「っ!?王子!!」
「騒ぐな。今のでこいつの魔法を消し去った。……しかし、軟弱な奴だな。魔法をとく魔法にさえ気を失うとは。」
女がクツクツと笑ったのが気に入らず、美香は彼女をきっと睨み付けた。
「笑わないでよ!この人は王子よ。魔女とか魔法には弱いようにできてるんだから仕方ないじゃない。」
女はポカンと口を開けた。その間抜け面が凛々しい印象の彼女にあまりに似つかわしくなくて、美香が吹き出しそうになったその瞬間。
ガッと胸ぐらを掴まれ、美香は軽々と宙に浮かび上がった。女自身が優しく渡してくれた水袋が、バシャッと鈍い音を立てて砂の上に落ちた。