でも、かばんは依然として母が持ったまま。
母を倒して学校へ行くのは時間がかかりそうだ。
「もうこうなったらカバンは要らない!! とにかく学校へ行く!!」
「そうはさせないっ!!」
背後から母の声が聞こえたかと思うと、何かが私を通り過ぎて、いくつかの小さな塊が床に転がった。
不覚にもそのうちの一つを踏んでしまい、大声を上げる。
「痛〜いっ!! なんなのこれ!!」
「撒きビシよっ!!」
振り返ると、母は声を上げ投げた体制のまま止まって決めポーズをとっている。
次に玄関を見ると、いたるところに撒きビシがばら撒かれており前へ進めない状態になっていた。
「お母さんのバカっ!! これじゃあ誰も玄関から出られないじゃん!!」
「あっ!!」
私の言葉でようやく理解したお母さんは目を開いて驚いた。
「気がつかなかった。ごめんね、お母さんくのいちだけどパートだから……」
その場に泣き崩れる母。
もちろんエプロンの端を噛んで引っ張って悔しさを演出している。
そこへお父さんが芋虫のような動きで母へ近づく。
「いや、母さんは良くやったぞ」
「そんなこと言ってないで、お父さん、撒きビシなんとかしてよ!!」
「いや、その件に関しては前例がないので……」
「なに、お役所対応してるのよ!!」
「これが父さんの仕事だから……」
エヘヘ♪ とか言って頭をかく父。
な、情けない。
さらに追い討ちをかけるように父の携帯電話が鳴る。
「もしもし、どうした隆史!!」
『父さん、だめだ!! 今、警察官に職質受けてる! いや違うんです!! この格好は僕の生きざ――あ〜〜〜〜〜〜っ!!』
兄の大絶叫が携帯電話から漏れた直後、無常にも通話が切れてしまった。
その後、ツ−ツーツーという音が私にも聞えてきた。
「隆史が警察に確保された。終わったな……」
何が終ったの?
転校生とのぶつかり計画?
それとも兄の人生?
どうしたって、私には嫌なことばかりじゃない。
転校生には会ってもいないのに恨まれてるだろうし、お兄ちゃんが警察のお世話になって近所の人の目が厳しくなるし。
玄関には撒きビシがまかれてるし、お父さんはうずくまって何もしてくれないし。
そして何より今からだと9割がた授業は遅刻だ。
なんでこうなるの?
私は悪くないのにっ!!