午後8時頃。
激しく降る雨が、夜の歓楽街を叩きつける。
しかし、それでも人々は縦横無尽に歓楽街を歩き回り、何時もと変わらず多くの人々で賑わっていた。
眩しく光るネオン。沢山の人々を見下ろす無数の摩天楼。
そこはまさに眠らない街である。
「今日は遅いな」
一台の黄色いタクシーが、高級レストランの入り口の前に停まっていた。
そのタクシーの運転席にて、男が煙草を吹かしながらレストランの入り口を見つめている。
フロントガラスを何度も往復するワイパーは、決して崩れる事のない一定のリズムを刻んでいた。
やがて8時15分を廻った頃、レストランの入り口から1人の若い女性が姿を現した。
女性はなるべく雨に打たれまいと必死にタクシーに向かって走り、そのドアを勢いよく開け放つ。
そして車内へと飛び込み、そのドアを勢いよく閉めた。
「ハァ、ハァ、酷い雨ね。もうこんなに‥」
あの僅かな間なのにも関わらず、彼女はすでに全体を通してずぶ濡れとなっていた。
それだけ雨は激しく降っていた。
「ははっ、ごくろうさん。じゃあ行くか」
男は煙草を吸い殻に捨て、ハンドルを握った。
しかし、彼女の返事がない。
それで彼はふと、バックミラーを覗いてみる。
すると、顔を俯かせ、悲しげな表情を浮かべている彼女の顔が飛び込んできた。
彼はすかさず言う。
「どうかしたのか?」
彼女は顔を俯かせたまま
「…行きたくない」
小さな声で答えたが、彼には勿論聞こえていた。
「どうしたんだ」
「ごめん‥何でもないわ。早く行きましょ」
俯かせていた顔を上げ、彼女は無理やり微笑んで見せた。
「なんか気になるな。まあ、いいか」
そう言って彼はアクセルを踏み、目的地に向かって走り出した。
続く