恐る恐る顔を上げると、女がへなへなと座り込んだ所だった。
うつむいた女の尖った顎に沿って、ますます大量の涙が滑り落ちているのを見て、美香は思わず呆れた。この人、泣き上戸なのかしら…?
「そうか……そうか、良かった……!」
女は嬉しそうに笑った。笑いながら涙を流して、やがて両手に顔を埋めて「ううっ」と唸った。
美香は困惑し、どうしよう、と迷ったが、とりあえずは地面にうつ伏せに横たわったままの王子の体を転がして仰向けにし、息がしやすいようにしてやった。金髪についた砂もついでに払ってやる。ナルシストの気がある彼は髪にはうるさいような気がしたから。だが実際、少しくせのある髪は絹のように滑らかで、十分誇れるものだった。
それから改めて女の方を見て、美香はびっくりした。そこには何事もなかったようにケロリとした顔で、片膝をついてどっかりと座り込んだ女がいた。
さっきまでの事は私の頭の中の出来事だったのかしら?と、不安になるほどの豹変ぶりだった。押し黙っていると、女は少しだけ赤くなった目で、涙の跡をごしごしと拭いながら愉快そうに笑った。
「いや、取り乱してすまなかったな。どうも王の事となると頭に血が昇ってしまって。」
「はぁ。」
「別の領域、と言ったな。よく自分の領域から出る度胸があったものだ。私なんぞは恐ろしくて、とても。」
だんだん話がずれてきてる気がする……。美香はこういう掴み所のない人間が苦手だった。いい人なんだとは思う。見ず知らずの美香たちのために、貴重な薬や鏡を使ってくれたくらいなのだから。だが、どうすればいいのかわからない。
女はふと気づいた顔をして言った。
「そういえば、自己紹介もまだだったな。私は西国ミルトの王宮護衛騎士、ジーナという。お前たちは?」
美香は言うことを少しためらったが、意を決して言った。
「私の名前は今藤美香。……実は、他の領域からではなく、“真セカイ”から来た光の子供なの。」
「この人は本当に別の領域から来た王子よ。本名は月王子というの。」慌てて王子を示しながら補足すると、ジーナは驚いたように目を見開いていた。王子ではなく、今度は美香の方を見て。
「……本当に、光の子供なのか……?」
ジーナの訝かしむような顔が美香には不思議だった。
「どうして?」
「“闇の小道”は、舞子によって閉じられたのではないか?」