【楽園】第五話
おばあさんと名無しの二人は、この小さな町で一番賑やかな通りへと、たどり着きました。
狭い通りながらも、そこには名無しが見たこともない野菜や魚、洋服、雑貨などで溢れ返っています。
ずっと暗闇の中で過ごして来た名無しにとって、まるで夢のような場所でした。
二人は、ごった返す通りを、ゆっくり掻き分けるように歩みを進めました。
――その時です。
突然、漆黒の闇が空全体を覆いました。
何十年ぶりの皆既日食がちょうど起こったのです。
しかし片田舎の町の住人たちは、そのことを知りません。
たちまちパニックが起こりました。
暗闇にうろたえて、ぶつかりあう町の人々。飛び交う野菜や魚。
おばあさんと名無しの二人も、誰かに押され、その場に倒れ込みました。
人々が逃げまどい、通りが静かになった頃、空には再び明るい太陽が戻って来ました。
しかし名無しの手元には、大切な時計がありません。
名無しは、うろたえました。
初めて大切な物を失ってしまった、何とも言えない悲しい気持ちでした。
呆然と立ちすくんだまま、泣き出す名無しにおばあさんは言いました。
「大丈夫。心の耳で時計の音を聞きなさい」