そして日が暮れ、午後8時を廻った頃。
高級レストランの前に停車するタクシーに、メアリーが勢い良く乗り込んだ。
「何時も悪いわね。運転手さん」
微笑みながら、メアリーはスティーブに言った。
彼女は微笑んでいるが、スティーブは昨日の彼女の悲しげな表情を思い出すと、その笑顔が偽りのものと思えて仕方がなかった。
スティーブは早速、昨日の夜の事について尋ねようとしたが、どうやらその必要は無さそうである。
「ねェ運転手さん‥あなたに話したいことがあるの‥」
先ほどの笑顔とは一変し、やはりその表情は悲しみに溢れていた。
「ははっ。何だ?」
彼は待ってましたとばかりに、明るく答えた。
「待って。その前に、お互いまだ名前知らないわよね。私はメアリー・スミスよ。あなたは?」
「スティーブン・ロジャース。スティーブと呼んでくれ」
スティーブはメアリーの方に振り向き、彼女と顔を合わせながら答えた。
二人が知り合ったのは今から一週間前。
その日の夜、スティーブは何時ものようにタクシーを走らせていた。
「はいよ。着いたぜ」
「へへっ。どうもっありがとさん」
その時、スティーブは酔っ払った客を自宅へと送り届けた所だった。
やがて彼は市街へ向かって車を走らせるが、スティーブはある光景を目にする。
「何なの!? 離して!!」
「へへっ。いいじゃねェか姉ちゃん。俺と一緒に行こうぜ」
人気の少ない住宅街で、1人の女性が酔っ払った男に絡まれていたのだ。
「たくっ‥」
それを見たスティーブはすかさず、その男に向かって何度もクラクションを鳴らす。
「な、何だ!」
男はそう言って振り返るが、強烈なライトが男の目を直撃する。
その眩しさのあまり、男は思わず腕で目を覆った。
1人の女性こと、メアリーは男の背後にいた為、ライトの光は彼女には届かない。
するとメアリーは、男がライトの光で怯んでいる隙に、その男の急所を思いっきり蹴った。
「ギャァァァア!!!!」
男は悲痛な叫びをあげ、メアリーの腕を掴んでいた手を離し、その場にうずくまった。
「うふっ。ざまぁ見ろ!」
うずくまる男にメアリーはそう吐き捨て、迷わずスティーブのタクシーに乗り込んだ。
続く