バスに揺られながら、今日のコンペで使う資料をボーっと眺める洋人。
会社そばの停留所でバスを降りた所で後ろから声が聞こえた。
「洋人ー!」
振り返ると、こっちに向かい走ってくるあゆみの姿が見えた。
あゆみは洋人の同僚であり、付き合ってから3年になる彼女だ。
「おはよ!」
洋人に追いついたあゆみはいつもの笑顔で肩を叩く。
「おはよ。」
「ちゃんと寝れた?上手くできそう?」
「んーまぁ…。」
浮かない顔の洋人を見てあゆみが励ます。
「洋人なら大丈夫だよ!」
あゆみの笑顔が背中を押してくれていると思うと罪悪感が芽生えてくる。
会社のエントランスに入りエレベーターに乗り込もうとした瞬間、隣に立った人物。
「よう。」
今日のコンペでプレゼンをする相手である、向井だ。
「おはようございます。」
そっけなく挨拶をする洋人。
向井は洋人の同期である。
入社した頃、期待されていた洋人。
期待されずに静かに洋人と並んできた向井。
実績を上げられず苦悩する洋人。
いつの間にか部署の期待は努力を重ねてきた向井に向けられていた。
そんな洋人に最後のチャンスとばかりに部長の田原が与えた今日のコンペ。
向井に負けてしまえば今後、向井の部下になることは間違いない。
しかし、入社したての頃のやる気や輝きはどこか薄れていた。
「今日よろしく。」
洋人に向けられた向井の横顔に笑顔はない。
「よろしく。」
お互いに距離を保ったままエレベーターが上がっていく。