車を降りると
風が吹き、木々がざわめいた。
真龍に即され、
花鼓はわずかに開いた
シャッターの隙間から、
真っ暗な倉庫の中に
身体を滑りこませた。
中に入り、数歩歩くと
灯りが点いた。
上を見上げると、
鉄骨で組まれた天井に
二列に下がっている
照明のうちの一列が
点いていた。
突然、花鼓の後頭部に
激痛が走った。
身体が地面に倒れ込む。
ざらざらした
コンクリートの床で
足が擦れ、血が滲んだ。
花鼓が驚いて
後ろを振り仰ぐと、
いつの間に背後に回ったのか
晴牧の姿があった。
その左手に
長い金属の棒が光っている。
殴られた頭が
激しく痛んだ。
視界の隅に
顔を背ける真龍の姿がみえた。
そうなんだ、全部知ってて…。
晴牧の腕が動いた。
二度、三度、
振り下ろされた棒を
花鼓は渾身の力で受け止めた。
腕が、全身が
みしみしと嫌な音を立てた。
意識が薄らぎ
思考の焦点が定まらない中、
恐怖感だけが増幅していく。
殺される…。
足が震え、
地を踏みしめることが出来ない。
逃げられない。
花鼓は、
地べたを這いずり回った。
「逃げるんじゃねえ!」
後を追って
晴牧が力いっぱい
左手の棒を
花鼓の頭上に振り下ろした。
骨が砕ける音がした。
顔に手をあてると
手のひらが
真っ赤に染まった。
このままでは…。
花鼓の白濁した意識の底で
声がした。
「だめだ!マリア、だめだ!」
鳴り響く一発の銃声。
「だめだ!
君の生活領域には入っていない。だめだ!」
この声は
いつぞやの夢の老人の声。
そうだ、博士の声だ。
私の唯一の…。
唯一の、何だっけ。