引っ越しも済み、僕と春香は九州へ住む。
知らない街、知らない人、なにもかもが知らない生活。
僕が今、春香と仲良く暮らす事が、唯一生きがいになっている。
まだ、あかねの事は心に残っているけど…。
転勤先の上司は優しく、頼りがいもある。
新しい仕事にも慣れた。
春香はだんだん家に帰ってこなくなった。
何処へ行ってるのかもわからず、連絡はメールだけ。
『今日は遅くなる』
いつもこうだ。
一度二股を掛けていた僕だから、何となく春香の行動がわかる。
あかねと春香、
二人と付き合っていた時の僕に似ているからだ。
言葉を濁し、口数が減り、顔を合わせず、家に帰らず。
そんな毎日が、嫌になった。
とゆうか、去っていきそうな春香を追う事が疲れた。
生きがいがなくなりそうだった。
そんなある日、上司からお誘いで、飲みに行くことになった。
疲れもあるせいか、飲み過ぎてしまい、帰りは千鳥足だ。
「大丈夫か?井上君。」
上司は責任を感じたのか、心配そうに話しかける。
「大丈夫です。酔ってるけど、ちゃんとしてますから…。」
「ならいいけど、気をつけて帰れよ。明日は休みだから、ゆっくりしな。」
「はい、ありがとうございます。お疲れ様です。」
手を振って、曲がり角で別れる。
家に帰っても、春香はいないんだろうな…。
ふっと見上げた空。
満月が眩しく見えた。
あかねとよく見た満月。
あいつによく言ってた言葉を思い出す。
『奇跡って神様がくれるもんじゃないんだよ。奇跡は自分が作るもの。自分が頑張ればきっと奇跡が起きるんだよ。』
あの言葉は、僕自身にも言ってた言葉。
だから、ここまで頑張ってるんだ…。
…春香には言った事なかったな…。
ぼーっと考えて歩く。
後ろから光がさす。
車か…。
そう思った瞬間だった。
体が思いがけない方へ飛ぶ。
ブレーキの音。
頭を強く打つ。
…誰か救急車!…
飛び交うざわめき。
僕は引かれたのか…?