目が覚める。
知らない女性。
知らない男性。
僕の両親。
僕は…。井上達也…?
「達也!気が付いたのね!」
泣いて叫ぶ女性。
「君は…。誰?」
「春香さんよ。あなたとお付き合いしてるでしょ?」
母は女性の肩を抱いて僕を見た。
「違う…。そんな名前じゃない…。」
僕は何を言ってるんだ。
たしかに、この人の事は知っている気がする…。
付き合っていたのは…。
やっぱり、違う。
でも、名前が思い出せない。
顔は覚えているのに…。
「達也…あたしの事わからないの?」
女性は涙を流しながら、僕の手を握る。
「ごめん…わからない…。」
僕には謝る事しか出来ない。
頭が割れそうに痛い。
「少し横になりなさい…。」
そう言って、母は女性を連れて出て行った。
「井上君、私の事もわからないのか…?」
僕は顔を見て、首を縦にふった。
残念そうにその男性も、肩を落として出て行く。
「今はいい。少し休め。何か買ってきてやるから…。」
父も重い腰を上げ、出て行く。
僕は外を眺める。
僕は、何か大事な事を忘れているような気がした。
僕は…
何故病院にいるんだろう。
何故怪我をしているんだろう…。
ここは…。
何もわからない…。
外は月が輝いて見える。
月…。
星…。
だいぶ前に、大事な人と見た記憶がある…。
誰だっけ…。
思い出せない…。
頭が痛い…。
『達也。』
顔も声も覚えているのに…。
どうして名前がわからない。
『達也、大好き。』
そう、僕も確か、その人を好きだった。
好き…ではない
愛していたんだ…。
満月が好きだったあの子…。
僕の側でいつも笑顔でいてくれたあの子…。
そうだ、
確かに覚えているんだ。
僕は忘れる事はなかった。
その子の名前は…
「あ…かね…。」