3-8 香
師匠の長屋に身を隠してから,ひと月が過ぎた。
幸い武部の手下は,まだ抄司郎達の居場所が掴めていないらしい。
そんな時,以前再会した道場時代からの親友である,近藤 平太に呼び出された。
平太は最近金回りが良い様で,抄司郎を強引に飲み屋に引っ張り込み,酒を振る舞った。
『何だいきなり。お前から誘うなんて珍しいじゃないか。』
抄司郎は振る舞われた酒に目を落としてから言った。
昔から平太は,自分から飲みに誘うような男ではない。
『たまには良いじゃないか。せっかく再会出来たのだから。』
と平太は酒をぐいと飲んだ。
『どうだ,師匠とは会えたか?』
『ああ。今はしょっちゅう世話になっている。』
『しょっちゅう?』
平太は目を丸くして言った。
『ちょいと匿って貰ってるんだ。』
『お前を?何故?』
昔から馴染みがあるせいか,何の疑いも無く,
武部に雇われ人斬りとなった事も,椿の傷跡の事も,全て話した。
抄司郎はそれだけ平太を信頼していたのだ。
『そうか,お前がそんなに苦労していたとは‥。知らなかったとは言え,悪かったな。』
『いや,逆に俺は話せて良かった。』
抄司郎は平太を見た。
平太は,酔って赤くなった顔で頷くと,
手元の酒を飲んだ。
≠≠続く≠≠