店長は、もう一つのことを、勇一に語りはじめた。
「2年前、俺がこの店に赴任する、少し前に、近くの病院に、一週間ほど入院したんだ。退院する前日に、屋上でのんびりしてたら、ある歌声が聞こえてきたんだ」
「ある歌声?」
「ああ…悲しげな歌だった。でも感動したよ。思わず出ていって拍手しようと思ったんだがな…やめたよ」
「何故です?」
「隠れて見ていたんだが、そこにいたのは、車イスにもたれかかる青年と、その前で、口ずさんでいる青年だったんだ…15年前の悲しい思いと辛いことがよぎってな…
ここまで聞いて、勇一は、ある質問をした。
「店長…もしかして、2人の名前は、『奥村』と『秀さん』って言うんじゃないですか?」
「聞いたのか?誰かに?…その通りだよ」
「やっぱり…店長は、歌と2人の会話を聞いたんですね? 名前とともに…」
勇一の問いに、店長は、黙って頷いた
「店長…。2人はもしかして、15年前、由美と嶋野さんが言ってたようなことを、言ってたんじゃないですか?」
「…そうだ。もう聞いていると思うが…『奥村』とゆう人がな、『秀』とゆう人に語ってたよ。
ある手紙を、ある女性看護士に渡したこと。そして、その手紙は、2年後に渡すこと…『秀さん』は、それを探らないでくれと…」
勇一は、この巡り合わせに驚きを隠せなかった。
「店長…」
「なんだ?」
「あなたは…あなたは、苦しんでたんですね。2度も重い運命と出会い、その運命が結果的に、自分の身近に再び現れてしまった…」
店長は、首を横に振った。
「そんなことはないよ。俺は、きっと…きっと、見守ることを託されたんだと思う。形こそ違うけどな…。だから言うよ。嶋野さんがここに訪ねてきたのは、俺が教えたからなんだ」
「そうですか…だとしたら…だとしたら、店長、思いきって聞きますけど…」 「うん」
勇一の質問は、なんとなく、店長も察した。
そう、嶋野や、紀子や、幸子、そして勇一自身が知りたかったこと…
「店長。あなたは、『秀さん』が誰だか知ってますね?」
その質問に、店長は、黙って頷いた…