「な、何で…?」
狼狽えて呟く美香に、王子はさっきまでの不機嫌など消し飛んだかのようにニコニコと無邪気に微笑む。
「当たり前でしょ。僕は君が無害なのを知ってる。魔女を殺した僕の気持ちを想って泣いてくれた君を見れば誰だってわかるよ。君はいい子だ。僕は君が舞子を止めに来たっていうならその言葉を信じるし、協力したいと思うよ。」
「でも、あの時はあんなに渋い顔をして冷たかったくせに。」
美香は思わず不貞腐れたように言い淀んだ。舞子の姉だと告白した夜明け時には、本当にショックだったのだ。王子もジーナも、急によそよそしくなって、不審者を見るような目で美香を見て。だが王子は、けろりとした顔をしている。
「そりゃ、支配者の姉だなんて聞かされれば最初は疑うさ。ジーナなんて肝がすわってて大したものだよ。僕は美香ちゃんと一緒にいたから君のこと信じられたけど、彼女は出会ったばかりなのに、君を疑うのをやめたんだ。これでも、美香ちゃんが気を失った後に二人で色々と話し合ったんだよ?」
「それで、あなたは……。ラディスバークまで一緒に来てくれるの?」
怖々尋ねた美香に、王子はしっかりと頷いた。美香はホッと体の力が抜けた。
本当は不安でたまらなかったのだ。自分一人の力で舞子まで辿り着けるかどうかさえわからない状況で、唯一仲間だと感じていた王子まで離れていくかと思って。体が強ばっていて、うまく手が動かせなかった。自分で思っているより、私はずいぶん脆いんだ。そう感じると、情けないと共に嬉しかった。
(私はよく完璧な子だと言われてきたけど、そんなことないんだ。普通なんだ……。それに、足りない部分は、周りの人が埋めてくれる。)
「ありがとう、王子……。」
なんだか胸がいっぱいになってしまって、また泣きそうだった。だが普段涙を見せないようにしていた美香は、何度も人前で泣くなんて嫌だった。
震える声を押し殺して背を向けながら呟いたお礼の言葉に、王子は美香の気持ちにちゃんと気づいてくれた。
後ろからそっと宥めるように頭を撫でられ、美香は一粒だけ砂の上に涙を落とした。そして気づいた。
“真セカイ”では泣かなかった美香が、“子供のセカイ”ではこんなにも泣いてしまう理由。私が泣くときは、悲しみに触れた時ではなく、優しさに触れた時だ――…。