気がつくと僕はバスに乗っていた。
いつから乗っているのかはわからない。
ずっと前だった気もするし
ついさっきだったような気もする。
僕は思いきって尋ねてみた。
「このバスはどこに向かっているのですか?」
しかし乗客は誰ひとり口を開こうとはしない。
それどころかみんな指先ひとつ動かさない。
僕は運転手に尋ねてみた。
「このバスはどこに向かっているのですか?」
運転手は少し困った顔をして答えた。
「君はどこに向かっているのだい?」
僕は困ってしまった。
僕には行きたい場所も、会いたい人もいない。
僕は少し考えてからこう答えた。
「僕には向かう場所なんてありません。」
運転手はまた困った顔をしてこう答えた。
「それじゃあ、このバスはどこにも向かわないよ。」
僕は納得がいかなかった。
このバスは確かに進んでいる。
それならば僕がどこにも向かっていないはずはない。
運転手は続けてこう言った。
「このバスは確かに進んでいる。しかし君は少しも進んではいないじゃないか。」
僕は驚いた。
足元を見てみると、僕の体は少しも動いてはいなかった。
外の景色が動いているから、てっきり僕は自分が動いているように思っていた。
僕は少しも進んではいないのに。
向かうべき場所のないバスだけがゆっくりと進む。
僕はいつからこのバスに乗っているのか。
ずっと前だった気もするし
ついさっきだった気もする。