貢献とは社会を実現して行く中で生まれ、社会正義が人間力である。社会を公平に裁く力、即ち司法の役割は担っている。社会が公平を望んでおり、人間の限界を期待している訳ではない。
ここで貢献とは何か。社会はサービスで満たされている。サービス精神こそ貢献かと見失うが、社会の正義は、そんなに甘いものではない。人間の限界に期待した精神だ。
人間の限界では限りがある。そこを貢献と見破ると人間の肝試しにもならない。貢献は幽霊でもしている。さて貢献とは難しく、矛盾があってはならないものだ。人間の限界に期待しないだけでも貢献だ。
そこで社会正義を眩ますのに使った判断は、ややもすると人間を冷凍へと追いやる。つまり、人間の野放しに使った判断は、サービスを要求し面白くない。サービス精神は人間の限界ではないからである。
喫茶店を例に取ると人間の悲喜交々の精神が交錯している。そこで茶を楽しむのは、もはや人間離れとは言わない。人間に属した判断だ。ゆとりとも受け止められるが、人間の判断に狂いはない。
貢献とは単純だが、難解である。それは愛の形が難解で、単純でもあるからだ。貢献とはだらしなく、また人間力に充ちている。つまり、人間の出来損ないでも貢献だ。
このように考えると人間力とは永遠不滅のものだ。人間の限界にばかり頼って、人間の力を出せないのでは貢献から遠ざかるだろう。人間力に満ちた判断が望まれる。その為には普段から茶店に居るのがよかろう。