子供のセカイ。52

アンヌ  2009-08-21投稿
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「……僕はこいつを好きになれそうにないな。」
王子が小声で呟き、顔を歪めて見つめている先を見て、美香も思わず眉をしかめる。馬上の美香よりはるかに高く大きくそびえ立つサボテンは、肉厚で、数千本の硬い刺で濃い緑の身をくるんでいる。ぼこぼこと不恰好に膨れ上がった彼らは、確かに好意を持つのに抵抗を感じるような外見をしていた。花屋さんで見るミニサボテンには愛着を持てたのに……。美香はなぜかそこでがっくりときた。
サボテン地帯に生えるサボテンはどれも見上げるほど大きかった。時々子供サボテンが親サボテンに寄り添うように小さく身を寄せていることもあるが、小さいといっても腰の辺りまであり丸々としていて、やはりこちらを拒絶するような刺を生やしている。岩と岩の隙間から延び上がるように生えているものが多い。
「美香、馬から降りろ。」
ジーナ独特の低いかすれた囁き声だったが、空気を伝ってすぐに美香の元に届いた。王子の手を借り、美香は身軽に馬から飛び降りた。ジーナは馬に近寄ると、ポンポンポンと三回、節をつけて馬の尻を叩いた。何かの合図なのか、途端に馬は元来た方へゆったりと走り出す。その背中を見送ることもなく、ジーナはさっさとサボテン地帯の奥へと歩を進める。
美香はなんとなく寂しい気持ちになってそんなジーナを見つめていた。昨晩の会話が蘇る。ずっと長く共にいる馬に名前をつけないのか、と聞いた美香に、ジーナは呆気なく答えた。
『名前をつければ愛着がわく。愛着がわけば容易に乗り捨てれなくなるからな。』
だから名前などつけないのだ、とジーナは当然のように答えたのだった。
そういうものなのだろうか。美香にはジーナの生き方は理解できなかったが、黙って彼女を見ていると、たまに泣きたくなるような気分に駆られる。我慢しすぎているように見えるからだろうか。それとも大人は皆ああいうものなのか。
道なき道はそこから次第に歩き辛くなっていき、ジーナが馬を返した理由がわかった。これならば徒歩の方が早い。時折進路を阻む岩やサボテンの合間を縫って進みながら、ふと、ジーナはよく領域の出口の正確な位置を知っているなあ、と思った。そういえば、王子とリリィもだ。自分の領域のことだから、何もせずとも自ずと感覚でわかるものなのだろうか。



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