「あと少しだ。」
ジーナの声にホッとした。後ろで王子が息を吐く音が聞こえたから、彼もきっと安堵したに違いない。あれから二時間ほどが経過し、泉の水を何度飲んだかわからない。ある意味砂漠を歩き慣れてしまった美香と王子は、固い地面を歩くことですっかり疲労が溜まってしまった。
「二人ともダレているな。このくらいで情けな……、!」
鼻で笑いかけたジーナは、その時急にぴくりと肩を上げると、「二人共伏せろ!」と叫んで、すぐ後ろにいた美香の白マントを引っ張って地面に引きずり倒した。
シュッと何かが風を切る音が幾つか響いて、美香の頭すれすれの所を目にも止まらぬ速さで飛来物が飛び過ぎる。王子は、と思ってひやりとした美香だったが、よく見れば少し離れた所でちゃんと地面にピタリと身体をつけていた。明らかな舌打ち、嘲笑が、思いの外近くから聞こえて、ジーナは今度は勢いよく起き上がって美香たちの前に立ちはだかった。フードを払いのけ、白日の元に顔をさらす。
「何者だ!これは私が、砂漠の管理者である西国ミルト王宮護衛騎士、ジーナであると知っての仕打ちか!」
美香でさえ縮み上がるような剣幕で叫んだジーナに、五メートルほど離れたいくつかのサボテンの影に隠れた何者かが――いや、何者たちかが、吐き捨てるように答えた。
「ああ、やはり噂通りだ。いちいちがなり声を上げるうるさい女だな。」
「知っているか、だと?お前こそ知っているのか?」
「ここはすでに東国サハールの領地。今はお前ではなく、俺たちが管理者だ。」
様々な高さの、しかし明らかに男のものと思える声が複数聞こえ、直後下卑た笑い声が沸き起こった。
何が起きているかわからない。ゆっくりと体を起こした美香は、知らず手が震えているのに気づいて、もう片方の手で慌てて押さえ込んだ。気が早いのか、状況が読めているのかわからないが、王子はすでに剣を抜いていて、美香を守るように寄り添っている。
しかし困惑しているのはジーナも同じようだった。
「お前たちの領地、だと?サボテン地帯は領地外指定になっていたはずだ!王女が居座ることの交換条件にこちらが出した要求――」
「知らねえなあ、そんな細かいことは。生憎俺たちゃ下っ端なんでね。自分の領地は自分でぶん取らなきゃな。ここいらは俺たちの領地、そんで、侵入者は殺す。そうだろ、騎士殿?」