「マンションじゃなくも平気よ。アパートでいいわ」
同棲する事になったとき、そう彼女は言った。愛があればいいの、とほほえむ彼女を見て、俺は嬉しくなったものだ。
倹約家の彼女はとどまる事を知らなかった。
「携帯がなくても平気よね。公衆電話があるもの」
「テレビがなくても平気よね。ラジオがあるもの」
「車がなくても平気よね。電車があるもの」
かくして俺は、このハイテクの時代に昭和の生活を強いられている。それもこれも俺への愛だと思っているから始末に悪い。
俺は我慢が出来ず、別の女をつくり夜の街で遊ぶようになっていった。
ある晩帰宅した俺をいきなり彼女は罵倒した。浮気がばれたのだけれど、俺も開き直った。
「お前なんかいなくたって平気さ。ほかの女がいるからな!」
彼女は青くなった。
ざまあみろ。お前がいつも言っているセリフだ。
彼女が泣きながら、台所で何かやりだした。後ろから覗き込むと、彼女は血まみれになって自分の手首を切っている。
「うわっ!」
彼女が振り返りざま、俺の胸に包丁を突き立てた。
「現世で結ばれなくても平気よ。来世があるもの」