花鼓は
晴牧の出て行った跡を
じっと見ていた。
鼻翼と目尻に沿って
赤黒い筋があることを除けば
左の横顔は傷一つない。
ここへ来るとき、車の中で
『あなた、名前、何?』
と真龍に訊いた顔、そのままだ。
「大丈夫。すぐ思い出すから。」
視線を感じたのか
花鼓もゆっくりと
真龍の方へ顔を向けた。
「晴牧 信護は、
貴女のことを覚えている。
少しの間、貴女のことに
気が付かないだけ。
操作の後遺症、みたいなもの。」
花鼓の右半分の顔は
赤黒いカサカサした塊に覆われて
よく見えなかった。
いや、
よく見てはいけない。
真龍は
顔の向きはそのままに
目だけ逸らした。
途端、プログラミングされた
流れる清流のように美し過ぎる
抑揚の日本語が耳に響く。
「港の南側に
メインベースを置いています。
連れて行って下さい。」
花鼓が
歩を進める音がした。
視界の隅に
無残に破け、血と泥で汚れた
薄水色のパジャマの垂れ下がる足が、
少しずつ
こちらへ近づいて来るのが見えた。
心が騒いだ。
逸らしていた視線を戻す。
肉が潰れ
血がこびり付いた両腕が、
赤黒く
輪郭さえ分からない右の顔が、
刻々と迫って来ていた。
思わず顔を背けた。
後ろへ下がろうとする足を
その場に留めるだけで
精一杯だった。
分かっていた。
もし、MLS-001に
人の心があるのなら、
顔を背ければ
その心を傷付けるであろうことも。
足音は
真龍のすぐ傍らで止まった。