「こうすれば、
ちょっとはマシでしょ?」
真龍が顔をあげると、
花鼓は
左を向いて立っていた。
無傷な顔の左半分を
こちらへ向け、
眼だけで真龍を見ている。
口元が
寂しそうに笑っている。
一滴の冷たい水が
真龍の心の中を
つうっと流れていった。
黒髪の少女は
細い首を折って
しっかりと頷いた。
花鼓が左腕を伸ばす。
真龍は、迷わずその手を握った。
手まで流れ
そのまま固まった血と砂が
ザラザラと触れた。
半端に開いたまま
握り返すことの出来ない
2本の指が、
痛々しい。
2人は手をつないだまま
港町へ向かって歩き出した。
時は少し巻き戻る。
花鼓の入院していた病院。
6階、休憩室。
明広は
自動販売機で買った
缶コーヒーを片手に
小じんまりとした休憩室へ
足を踏み入れた。
奥の広い壁一面が
大きな窓ガラスになっており、
ろくに高い建物のない
小さな街の夜景が一望出来る。
昼間は
入院患者と見舞い客とで
ごったがいしている空間も、
今はしんと静まり返っていた。
見回すと
初老の男性が一人、
左奥のテーブルで
新聞を片手に
こちらを見ていた。
見なかったふりをして
正反対に位置する右奥の席に座る。
いつもなら
迷わず「こんばんは」と
挨拶したところだが、
今は誰とも
口を聞きたくなかった。
顔にはガーゼと
それを固定するネット。
肩は包帯で巻かれ、
右腕は三角巾で
首から吊ってある。
どこから見ても怪我人の躰に
院内を闊歩していても、
驚かれることこそ
なかったが
とがめられることも
なかった。
窓から外を見る。
まだ暗い空の下、
病院前の大通りは
人通りも少なく、
昼間訪れた人々の不安が
黒いアスファルトの上で
静かに眠っていた。