MLS-001 022

砂春陽 遥花  2009-08-30投稿
閲覧数[655] 良い投票[0] 悪い投票[0]

買って来た缶コーヒーを開ける。

動かせない右手で缶を持ち
左手でプルタブを引く。
慣れない作業に
左の人差し指は
一度滑り、二度滑り、
三度目で漸くカシュッと
心地よい音がした。

一口飲んだコーヒーが
ゆっくりと
喉の奥を下っていった。

冷たいコーヒーと引き換えに
指の腹が
ヒリヒリと痛んだ。




「どうして
助けを呼ばなかったんだ?」

質問が耳に蘇り、
明広は目を落とした。

怪我の処置が済むと
すぐ警察の事情聴取が始まった。

泥水の中から
今し方
引き揚げられたばかりの頭は
一向に回らず、
30分に満たない出来事を
説明するのに、
太古の遺跡を
掘り起こす労力を要した。

道半ばにして
事件の唯一の目撃者は
文字通り疲労困憊であった。

「どうして
助けを呼ばなかったんだ?」

そのとき、
回らない頭に
浴びせかけられた冷水が
明広の心に火をつけた。

火は空虚な空間で
薄い壁をなめるように
燃え広がった。

「呼べる状況だったら、呼んでます。」

自分のとった行動が
最善だったとは思わない。

だが、
全力を尽くした。

全力を尽くして
尚、自分は無力だった。

突如胸に起こった憤りは
相対する一人の大人に
対するものであり、
同時に
自分に対するものだった。

憤怒の形相で
睨む明広の目に、
警察官は青年の悲しみをみた。

「君を責めているのではないんだ。
君達の居た215号室には
ナースコールが付いていた。
垣口花鼓さんは
先週二度使用している。
なのに、今回は押さなかった。
何故押さなかったのか、
ちょっと気になってね。」

答えは明白だった。

一緒に居ればきっと大丈夫。

無条件に
信じられていたことに
胸が詰まった。



「まあ、そんなこと
今更くよくよしたって
始まらないわよ?」

声に驚いて顔をあげると
夕方、帰宅途中に
声を掛けて来た女が
目の前に立っていた。
『彼女、遠くへ行っちゃうわよ。』
予言者は
的中した運命に
満足げに微笑んでいた。



投票

良い投票 悪い投票

感想投稿



感想


「 砂春陽 遥花 」さんの小説

もっと見る

SFの新着小説

もっと見る

[PR]


▲ページトップ