アタシは上司に頼まれて、駅近くの取引先に届け物をすることになった。
近道のつもりで入った路地の途中で道に迷ってしまい、行ったり来たりするうちに、見慣れないアーケード街に出た。
そのアーケード街は平日の日中にも関わらず、大半の店がシャッターで閉ざされており、こと静寂さでは閑静な住宅地にも引けを取らなかった。
数少ない営業中の店で、アタシは一軒の帽子屋を見つけた。
薄明かりのついた店内には、品揃えは僅かで且つ流行遅れでは有りながらも、男性用から女性用に至るまで、一通りの用途の帽子は備えてあった。
その中でアタシは、一番奥の壁にかかっている若草色のストローハットに目が止まった。
――あの日と同じ、若草色のストローハット。
5才の頃、海岸で風に飛ばされ、海に消えていった、あの日と同じ帽子。
ずっと泣いているアタシに、両親は暗くなるまで探してくれたけど、結局帽子は見つからなかったっけ。
アタシは吸い込まれるように店に入り、そのストローハットを買い求めた。
アーケードを出ると、強い日差しが照りつけ、アタシはさっそく帽子をかぶった。
無風ではあったけど、今度は風に飛ばされないよう、しっかり持ちながら。