彼女はよく笑った。
彼女が屈託のない顔で、クスリと笑うのが僕は好きだった。辛いときや悲しいときも、彼女の笑顔を思い出すだけで僕は幸せだった。
「ねぇ、今幸せ?」
彼女がそう言ったときも、僕は当然のように答えてあげた。
「当たり前じゃないか」
そう、それが当たり前だと思っていた。
だから僕は彼女の笑顔が見れなくなるのがつらかった。できれば笑顔で彼女を送り出してあげたかった。
でも、僕は笑うことができなかった。
「もし私が事故で顔の半分を火傷したら……それでもあなたは私を愛してくれる?」
昔、彼女がベッドの中でそんなことを言ったのを覚えている。
「当たり前だろ」
そのときも僕は当然のように言った。
僕はそのとき知らなかったのだ。彼女が僕のことを心の底から愛してくれていることを。彼女が僕のことを心の底から信頼してくれていることを。
だから僕は逃げない。
この事実を受け入れよう。きっと彼女もそれを望んでいてくれる。誰もいなくなった部屋で僕は一人つぶやいた。
「君のいない世界を僕は強く生きていこう」
「――たった二週間の出張で、なに大げさなこと言ってんのよ。そんなことよりも早く車を出して、この荷物を駅まで運んでちょうだい」