君のいない世界

阿部和義  2009-09-04投稿
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 彼女はよく笑った。
 彼女が屈託のない顔で、クスリと笑うのが僕は好きだった。辛いときや悲しいときも、彼女の笑顔を思い出すだけで僕は幸せだった。

「ねぇ、今幸せ?」

 彼女がそう言ったときも、僕は当然のように答えてあげた。

「当たり前じゃないか」

 そう、それが当たり前だと思っていた。
 だから僕は彼女の笑顔が見れなくなるのがつらかった。できれば笑顔で彼女を送り出してあげたかった。
 でも、僕は笑うことができなかった。

「もし私が事故で顔の半分を火傷したら……それでもあなたは私を愛してくれる?」

 昔、彼女がベッドの中でそんなことを言ったのを覚えている。

「当たり前だろ」

 そのときも僕は当然のように言った。
 僕はそのとき知らなかったのだ。彼女が僕のことを心の底から愛してくれていることを。彼女が僕のことを心の底から信頼してくれていることを。
 だから僕は逃げない。
 この事実を受け入れよう。きっと彼女もそれを望んでいてくれる。誰もいなくなった部屋で僕は一人つぶやいた。

「君のいない世界を僕は強く生きていこう」


「――たった二週間の出張で、なに大げさなこと言ってんのよ。そんなことよりも早く車を出して、この荷物を駅まで運んでちょうだい」

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