エンジンのスイッチを入れると、爆音が唸り出す。ブロペラが風を作り、海に面した飛行場全体に神風を作り出す。
仲間が車輪を動き出さないように押さえているストッパーを外そうとした瞬間だった。
「エンジンを切れ!出撃命令が撤回された!!」
幸いなことに、まだ誰も飛んでいなかった。
場がざわつく。しかし、上官からは何の説明もなされなかった。
戸惑いの中で、仲間と華一楼はラジオからの電波放送で、昭和天皇陛下の降伏受諾宣言を聞いた。
「忍び難きを忍び、
堪えがたきことを堪え
……」
華一楼は虚無だった。
復員して両親や姉、妻や子供たちが泣いて喜んでも、実感がわかなかった。
「多恵ちゃんが自害した」
従兄妹の多恵が婚約者の戦死を聞き、その日の夜、家族が目を離した隙に、トイレの裸電球で首を吊った。
そう母から聞かされとき、華一楼の中で雷で撃たれたうな衝撃が走った。
多恵のお腹には彼の赤ん坊がいたそうだ。
多恵は一人っ子だったから、よく姉達と一緒に遊んだ。
「あの多恵ちゃんが…!」
彼女の遺体は綺麗だった。死んだ直後に発見されたからだ。
お腹の辺りを触ると、僅かだが膨らんでいた。
多恵ちゃんは微笑んで眠っていた。
多恵の父は早くに亡くなり、母親は喪主をつとめめられそうな精神状態ではとてもなかった。
喪主は華一楼がつとめることになった。
誰もが、多恵の死を心から深く悲しみ、悼んだ。
叔母は多恵の葬式から49日が経ち、遺骨を父親の眠る墓に納めたあと、発狂した。そして、錯乱状態の中で、娘の後を追うように死んでいった。
叔母の世津子の密葬が執り行われた。喪主は老いた父、母に代わり、華一楼がつとめた。
参列者は親族だけだった。
世津子の遺骨は多恵と夫の眠る墓に納められた。
線香の厳かな香りと坊主がお経を唱える念仏の中で、華一楼は合掌していた。
そして華一楼の母の枝巳は、精神的なショックから、奇怪行動を夜中に顕し始めた。
これでは一家が崩壊してしまう…!
なんとかしなくてはなるまい。
僕以外にやれる奴はいないんだ。
華一楼の瞳に清烈な青白い焔が燃えた。
彼が蘇った瞬間だった。