王子は構わず続けた。
「美香ちゃんが助けてくれなかったら、僕は死んでいたかもしれない。」
「……。」
「あいつは僕を殺そうとしたんだ。美香ちゃんが僕を助けるには、ああするしかなかった。だから、君が気に病むことはないんだ。どのみち、ああでもしなきゃあいつからは逃れられなかった。あいつは危険な奴だから、」
「もういい。」
美香がポツリと呟いた。美香は頭を微かに振りながらうつむいて、小さな声で言った。
「もういいよ。それ以上言わないで……。」
悲しい、なんて、言えるはずなかった。王子は助かったのに。助ける力が美香にはあるのだと、証明できたのに……。
いつの間にか立ち上がって美香の腕を取っていた王子は、その手をちょっとだけ引っ張って、ただ一言告げた。
「行こう、領域の出口へ。」
「……うん。」
美香は王子に引かれるまま、先程ジーナが指差した方角に向けて走り出した。走っていれば、例え一時でも、嫌なことを全部忘れられる気がした。
そして二人は、背後から二人の背中をジッと凝視している複数の瞳に気づかなかった……。
「――ハッ!」
大きく息を吐いたジーナは、サボテンも岩もない開けた場所に走り出て、ようやく足を止めた。ザザッと地面がこすれる音がし、同時にサボテンの林の中から、ジーナを追いかけてきた三人の男たちが走り出てくる。
三人が三人とも、どこかしらにジーナの剣を受けて血がにじんでいるのに対し、ジーナはまったくの無傷だった。その事実を改めて確認し、ジーナはあからさまに口端をつりあげて笑う。
「ははっ。情けない奴らだ。女一人に手も足もでないとは。所詮サハールは技術には長けていても、一人一人の実力など大したことはないのだな!」
思った通り、肩で息をついていた男たちはこめかみに青筋を立てた。真ん中の最初にジーナに斬りかかってきた男などは、シミターを握る拳をぶるぶると震わせている。
「言わせておきゃあこの女…!ちょっと逃げるのが上手いからって調子こくんじゃねぇぞ!」
そう怒鳴ったのはジーナから見て右手に立つ、ひょろりと背の高い年若い男だ。しかし顔中にあけたピアスや常に眉間に寄っているシワなどがせっかくハンサムな顔を台無しにしている。彼は大袈裟な形をした剣を構えていた。