朝空は
東から急速に
白くなり、橙になり、
新しい一日の始まりを
告げる朝日が
2人の横顔を
力強く照らし始めた。
女は、
一見何の店か分からない
小さな一軒家の扉に
手をかけた。
チリンチリン
古風な鈴の音が
店の主人に来客をつげる。
「おっ、
おはよう、鈴さん。」
鼻の下に
灰色の口ひげを蓄えた
店の主人が、
明広より一足先に
店に入った女に
親しげに挨拶した。
銀縁の眼鏡の底から
細いが
人のよさそうな
黒い瞳が覗く。
皇鈴に続いて
木製の重い扉に
手をかけた明広の鼻腔に
香ばしい匂いが
広がった。
この匂いは、コーヒー?
「そうよ。
あなた、寝てる暇、
ないでしょ?」
前を向いたままの
皇鈴のうなじに、
扉から射し込む朝日が
小さな日だまりを
造っていた。
やっぱり、そうか。
SF映画の観過ぎで
俺の頭が
おかしくなってるって
訳でもなさそうだ。
女の言葉を聞いて、
明広は
病院で女に再会してから
ずっと感じていた
畏怖の正体を
理解した。
コイツは、
俺の心を
読んでいる。
「大丈夫。
私は頑張っても
第二層までだから。
それに、
言語化されてないのも
駄目なの。」
全然、大丈夫じゃない。
女は声を出して笑った。
何がおかしい。
人を小馬鹿にした態度に
思わずムッとする。
「そんな風じゃ、
MLSのお相手は
つとまらないわよ?」
女は
小声で喋りながら、
口に軽くそえた手の裏で
まだクスクス笑っている。
えむえるえす?
服のサイズか何かか?
考えて分かるのは、
精々
日本語じゃない
ってとこまでだった。
店内は
奥に向かって長細かった。
左手に
カウンター席が8席。
右手の
白く厚塗りの壁に沿って
小さなテーブルが3台。
それに
各々椅子が
2脚ずつ付いている。
明広は
真っ直ぐ歩いて行き、
一番奥のテーブル席に
無言で腰を下ろした。