男は吸い込まれるようにふらふらとビルの入り口に入って行った。
理由は分からないが、そのビルへの入場は、死の近い者にのみ許されている。
そして男は、体に重い癌を抱えていた…。
「このビルに入った以上、後戻りはできません」
それだけ言って、受付の女が階段を指差した。エレベーターは無いようだ。
男は無言で階段を上った。
このビルの屋上には、どんな病も治すといわれているクスリが隠されている。
ある日男はそんな噂を耳にした。
そして癌を治すため、このビルへとやって来たのだ。
男は二階に辿り着いた。
部屋には無機質な椅子や机が規則正しく置かれているだけで、特に気になるものはなかった。
男の頭の中は、噂のクスリに支配されていた。
そして男は一気に屋上まで駆け上がろうと考えた。
五十階に辿り着いた頃、男の額に汗が光った。
それから間もなく、男は胸に痛みを感じた。癌のせいかも知れない…。
痛みと同時に、焦りも感じ始めた。
「お疲れ様でございます。ここで少しお休みになっていって下さいな」
部屋の奥から突然おばあさんが現れて、男に優しく微笑んだ。
しかし男はそのおばあさんを無視して次の階へと足を進めた。
早くクスリを手に入れたかったのだ。
それに、おばあさんの健康そうな笑顔は、男に更なる焦りを与えた。
窓の外では、鳥たちがふわふわと飛び回っていた。
焦りに満ちた男は、必死に階段を駆け上がった。
胸を襲う痛みが、階段を上る度にズキズキと強くなるのを感じながら…。
ー続くー