「半次郎殿っ!」
戦闘の終わりを感じた三郎は、耐え兼ねて駆け出していた。
待っているのは敵かもしれなったが、今の三郎には半次郎の安否の確認だけが全てだった。
三郎がたどり着いた場所には、数日前まで家臣だった兵達が倒れていた。立っている者は三郎以外に誰もいない。
「半次郎殿っ、半次郎殿ぉぉぉ!」
張り裂けんばかりの不安に襲われる三郎は、何度も半次郎の名を呼んだ。
「……ここです、三郎様」
消え入りそうなその声の先に、半次郎はいた。
樹に寄り掛かるようにして座り込む半次郎は体中傷だらけで、額には致命的な一撃をうけていた。
「…何故です、何故私のためにここまでしてくれるのですか?」
この三日間、一度も弱音を吐かなかった少年が、大粒の涙をボロボロと流した。三郎は出会ったばかりの半次郎が、何故ここまで献身的なのかがわからずにいた。
「信房殿への義理もありますが、…それ以上に私が三郎様に惹かれたからです」
そういって笑った半次郎に、三郎の困惑は深まるばかりだった。
「私の生まれた土地に、流狼という言葉があります。群れに属さず、一つ所に留まらない狼の事をそういうですが、…私はその流狼のように生きてきました。
野心に満ちた戦国の世なら、一生それでもいいと思っていました。
……だが私は、三郎様に出会ってしまった。
……貴方はその小さな体に、無限の可能性と菩薩の心を秘めておられる。…我が身を犠牲にしてでも、護る価値があるお方だと思ったのです」
それは道を開いた達成感と、ここまでしか三郎に同行できない無念さが混在した、悲しき笑顔だった。
その笑顔に、三郎はただ涙を流すことしかできずにいた。
「……ここから先は景虎様の領地、武田の者も容易には侵入できないでしょうが、…まだ安心はできません。……先をお急ぎ下さい」
死に神の子守唄がゆっくりと半次郎の意識を奪っていた。だが、その死に神以上の存在を感知した半次郎は、はっとして目を見開き、最後の力を振り絞って立ち上がった。
感じるのである、先刻のあの視線を。