半次郎が構えた剣先の闇、そこに浮かぶ白い人影。その姿がはっきりとした時、半次郎は自分の目を疑った。
人影の主は若い女だった。
見知らぬ衣服をまとったその女は、闇に同化した黒髪に雪のように白い肌をもち、その顔立ちはぞっとするほどに整っていた。
「……キサマ、もののけか!?」
夜の森にこの女は場違いだった。だが、半次郎がそう判断したのは、この女の体に秘められた、強大で得体の知れない気を感じたからだ。
だが、立っているのがやっとの半次郎に、戦えるだけの力は残っていなかった。
「待って」
そういって半次郎を遮ぎった三郎。
なぜ半次郎がこの華奢な女性に過剰な反応をするのか、三郎にはわからなかった。
だが、半次郎にこれ以上の無理をさせたくない三郎は、この女の心中を知る必要があった。
三郎は覗き込むようにして女の顔を見た。
女はまるで能面のように無表情だったが、それでも三郎は目をみればその正邪の判断がついた。
それは複雑な環境で育った三郎が、敵味方の区別をするために自然と身につけた、哀しい能力でもあった。
「……大丈夫、この人は悪い人じゃない」
女の黒い瞳は、今まで出会った誰よりも澄んで見えた。そう感じた三郎は、安堵のため息をついた。
三郎の言葉に、半次郎は改めて女を見た。不気味な気と凍てつきそうな視線の印象は変わらなかったが、不思議と敵意は感じなかった。