「本日はどうなされましたか?」
パイプ椅子に腰かけた若者に私は問いかけた。彼の診察は何時もこの言葉で始まる。
「どうしたもこうしたもありませんよ。貴方を取り調べに来たのです」
またか……。私は思ったが声には出さない。精神科医がこんな事を言ったら治療は成り立たないのだから。
「成る程。貴方は自分を刑事だと思い込んでいる。違いますか?」
巷で流行っている刑事ドラマの影響なのだろう。近頃の患者は、皆が自分は刑事だと言うのだ。
「思い込みではありません。私は本物の警官です」
若者は眉間に皺を寄せながら否定した。これも他の患者と同様である。
「ならば何故この診察にいらっしゃったのですか? 私が容疑者なら、署なり交番に連行してから取り調べるでしょう? 誰かに連れて来られたからこの診察室に来たのでは?」
ここまで言うと若者は溜め息を一つ吐き、診察室から出ていった。
引き留めはしない。他の患者と同様に彼も再び診察を受けに来るだろう。やれやれと私は椅子に深く腰を沈めた。
「やっぱり駄目です……。アイツは自分が精神科医だと思ってる」
若い刑事は、取調室と書かれたプレートを親指で差しながら上司に報告していた。