そっと首に当たっているナイフに手を添える。男が訝しむ前に、素早く想像の力を使ってそれを子供が遊ぶようなおもちゃのナイフに変えた。
「なっ!」
ナイフの重さが変わったことで異変に気づいたのだろう。男が驚いてプラスチックになってしまったナイフを見たその一瞬を、美香は見逃さなかった。
思い切り肘を後ろに突き出す。男の鳩尾に当たり、男は呻き声を上げてよろめいた。絡みつく男の腕を振り払い、美香は迷わず王子に向かって走り出した。
「王子!」
美香はバサリと白マントを脱いで、その上に飛び乗った。それはすでに白い絨毯に変わっていて、一直線に王子に向かって飛んでいく。
王子はすでに五人の男に囲まれていた。ニヤニヤした大人たちは、歯を食い縛る美しい少年に武器を突きつけ、今にも傷つけようとしている。
その時、美香が絨毯に乗って飛んで来るのが見え、王子は美香が下へ向かって伸ばしている手につかまろうと精一杯手を挙げた。
美香と王子の手が触れそうになったその時。
「…げほっ!」
王子の手は美香がつかむ直前ではらりと崩れ落ちた。
男の一人に腹を蹴られたのだ。
ひゅんっと彼らの頭上を飛び抜け、空中を旋回した美香は、慌てて地面を見下ろした。
王子の姿は見えなかった。地面に砂埃が立っている。男たちは盛んに足を突きだし、刃を突きだし、その真ん中の砂埃から血しぶきが飛んだ。
美香はゾッとして悲鳴を上げた。真ん中の砂埃にうずくまって倒れているのは王子だ。王子がやられてしまう。死んでしまう!私のせいで…!私なんかについてきたせいで…!!
「王子ーっ!!」
美香の高い悲鳴は、空一杯に広がってすぅっと消えてしまった。嫌だ、嫌だ、嫌だ!美香にはもう訳が分からなかった。どうしてみんな私たちを傷つけようとするのだろう。何一つ悪いことなんかしていないのに。世界が甘くないことは知っていた。一人で戦ってきた美香は、いつも孤独だった。それでも信じていることがあった。それを今、裏切られた。
神様。美香は心の中で呟いた。私は精一杯やりました。人に優しくしました。見返りはもともと期待していなかったけど、それでも、普段頑張っている私が、その私の大切な人が、こんなに傷つけられなきゃいけないのなら――……。
美香は冷たく目を見開いた。
彼らを傷つけていいですか?少しだけ……少しだけ、なら……。